なんちゃって課長日記

自殺した父、認知症の母、社会的入院中の妹を持つ介護離職者の生活とその周辺

卒業します

今となってはこれまでの俺と俺の心の師匠であるN田美智子氏(住友生命の外交員で初老の女性)とのやりとりを記録していなかった事が残念でしかたない。
そして今日、師匠に別れを告げた。
師匠、俺は今日、師匠から卒業します。

な〜んて感傷的に書き出してみましたが、今日の事を書く前に以前の事を振り返ってみる。

  • 1992年

N田美智子氏は客(つまりウチの社員)がいくら断っても話しかけてくるわ、嫌がる相手を捕まえて昼休みを過ぎてもなかなか帰らないわ、等々彼女のルール無用の当社への営業活動に対して俺は立場上彼女には渋い顔を向けながらも、内心ではその傍若無人振りと噛み合ない暴力的(←粗暴という意味ではない)な会話が楽しかった。ただ残念なのは彼女との『真心の殴り合い』をスポーツとして楽しめる心のゆとりがあるのは、社内には俺一人しかいなかったことだ。そんな俺もとうとう陥落する日が来た。学生の頃から住友生命の生命保険に加入していた俺は、大阪への転任、つまり彼女との出会いから数ヶ月で根負けして保険料が約2割増しになる別の生命保険に転換をしてしまったわけである。この時点で俺は会社員7年生、それまでの東京勤務の頃にも住友生命の外交員の方から転換の勧誘があったが、簡単に撥ね除けていたのに。。。 N田美智子氏には屈服したわけである、だからこの日からN田氏は俺の暴力的側面での師匠となったわけです。

  • 2002年

事務所移転に伴い、『移転先をN田美智子に教えなければもう来ないんじゃないか』、と云うU野所長の期待も虚しく、移転から2週間もしないうちに師匠は元のビルのオーナーから移転先を探り出してやって来たきた。俺としては当然地の果てまで追いかけてくると踏んでいた。最近確認したのだが、U野所長はこの時点で師匠の所属するO阪南支社に、師匠を出入り禁止する旨を連絡したそうだ。その結果なのか、師匠は事務所の奥まで入ってくる事はなくなりフロアの玄関で用事のある人を呼び出して外で話たり、1Fのロビーで待ち伏せしたりするようになった。待ち伏せ中に俺が『とうとう出入り禁止になったか〜?』と聞いたら、『いえいえ、そうじゃないんですよ。最近はどこも中まで入られへんしねぇ』とかなり自分に都合のいい解釈が笑わせてくれると同時に頼もしくもある。余談だがこの頃はやたらと個人年金を勧めてきた。

  • 2005年9月下旬

俺が8月末で退職したのでそれまで給与から引き落とされていた保険料が落ちなくなった。というわけで師匠から電話が入る、電話を取るといきなり『銀行から自動引き落としにしてやるから申込書をかけ』と一気にまくしたてるような早口は、相手に考える余裕を与えず、それしか選択の余地がないと思わせるテクニックだ。頭の中で振り込め詐欺を防止するハウツゥとテクニックを紹介していたTV番組を思い出した。とにかくYESって言っちゃダメだと魂が叫ぶ、と同時に俺の唇は反射的に、『解約するから手続きを取ってくれ』と発していた、そうしたら『いまは解約できませんよ』と云われたので、『じゃあこれ以上何も話す事はないですね』と言って電話を切った。おいおい『今解約したら損ですよ』と云う常套句ならわかるけど、『解約できません』って云うのはヤバいだろう。録音しておけば良かったなあ。いや録音してない事をしっているからこんなヤバい発言もできるんだろうな。さすが師匠、抜け目がありません。

  • 10月初旬

何度か電話があったらしいが俺が不在だったりしたせいか、師匠から『銀行からの自動引き落としする申込書を書け』との内容の封書が会社に届く。当然無視する。

翌日、師匠から電話が入る『申込書書いてもらえました?』、『もう一度云いますよ、解約しますから手続きしてください』。

  • 11月

『立て替え分を取り立てに行くから現金を用意しておけ』との旨のメモの入った封筒をY田課長が俺に持って来た。いくら人が良いとは云え客であるY田課長をその為だけに呼び出してパシリにつかうなんて。。。さすがは俺の師匠です。

数日後、師匠から電話が入る『お金取りに行っていいですか?』『だれが立て替えてほしいと頼みましたか? 支払いません。』。

  • 12月初旬

電話、『減額にしませんか?』『解約しますから手続きしてください』『そうですか、残念ですけどね、しかたないですね』。おおおおおお、初めて弱気な言葉が出た。

後日、1Fロビーで待ち伏せされるが、事前に待ち伏せされた時の作戦を用意していたので、。俺がロビーを横切ってエレベータに乗るまでの会話『あの、減額っていうのがあるんですけどね』『解約の申請書は持って来た?』『いや持って来てないです』『じゃあ用はないな』(エレベータのドアが閉まり、ドアの向こうで→)『あうあう』。この15秒程度の会話の為に時間を作ってくれたんだと思うと嬉しい限りである。そして、この時ようやく師匠は俺に根負けしたんだと思う。師匠、13年前は師匠のゴリ押しに簡単に屈した俺ですが、とうとうこの日が来ました、俺は師匠に勝ちましたよ。師匠を越えましたよ!

  • 12月20日

師匠から解約に応じるとの電話が入ったので、証書と印鑑をスタンバイ。

  • 12月22日

午後に会社近傍の喫茶店で解約申請書にサイン&捺印。
サインしてから保険料の立て替え分を解約返戻金から減額することの説明を受ける。サインしてからそんな大切な事を云うなんて。。。師匠、やっぱり俺は師匠について行きますよ! 当然支払いは拒否する旨を明言。

  • 12月26日

電話で、保険証書と解約申請書の捺印が違うとの連絡あり。
正しい印鑑を探す事にしたので、フロア玄関外で保険証書と解約申請書を返してもらう。
その夜、正しい印鑑を発見。捺印し直す。

  • 12月28日、午前

午前、会議から戻るとデスクにメモ、師匠から電話があったとのこと。U野部長から今日だけでなく私が休んでいた27日にも師匠から電話があったとかで、『いつまでN田美智子と関わってるんじゃい』と叱責を受ける。俺から電話を掛け直したところ『あのね、審査の方からもう印鑑はいいから先に解約申請書だすように云われたんですよ、今申請書持ってますか?』、『持ってますよ、正しい印鑑も押してますから』、『それからね、立て替え分は返戻金から差し引きますからね』、『立て替え分は支払いませんよ』、『いえいえ、そういうわけにはいかないんですよ、払ってもらわないとね。。。』、『判りました、この件ではもうあなたとは話しません。上司のN部さんに代わってください』、『いえ、あの、今別の電話に出てます』(←狼狽していたので嘘と判断し→)『じゃあ、掛け直します』と云って電話を切る。そしてリダイアル若い女性が出て、N部氏に取り次いでもらう。予想通り間もなく南部氏が出た。その声は予想していたよりもずっと若かった。保険料立て替え分の支払い拒否を簡単に説明し、N部氏と直接その件について面談を希望したところ、29日の午後に来社してもらう約束を取り付ける。

  • 12月28日、午後

29日は仕事納めで午前中で終わりだと気付く。それに俺の仕事の状況から29日は出勤の必要なしと予想したので、再度リダイアル。午前中の電話では興奮していた旨を詫びて、面談の場所と時間を再調整し、29日の14時に俺が先方を訪問する事にした。

U野部長に状況の説明と謝罪。明日、N田氏の上司と面談することを告げて、彼女を出入り禁止にした時期と連絡した相手を確認する。

  • 12月29日

約束の14時より少しだけ早く訪問先に到着、普段はここに客が来る事はないのだろう、低いパーティションで区切られた簡素な打ち合わせブースのようなところに通される。支部長のN部氏はすぐに現れた。電話の声から想像していた通り30代中盤の物腰の柔らかそうな男性。簡単に挨拶して、訪問の主旨を簡単に告げて本題に入る。要点は次の通り。

    • 保険料立替分の支払い拒否

9月下旬に電話で解約を要求したことと、立て替えは当方の意志とは関係なく住友生命側の一存で行われている事を主張。よって10、11、12月分の保険料の支払い(立て替え分を解約返戻金から減額)を拒否する事を伝える。 先方はこの主張を理解納得の上解約返戻金の減額せず規定の金額を12月30日に当方の指定銀行に振り込む事を約束。

    • N田美智子氏に対する苦情

2002年にU野部長から彼女を出入り禁止にする旨を連絡したこと、改めて彼女が出入り禁止であることを伝える。 先方はこれを了承され彼女を当社に訪問させない事を約束。



面談は1時間半くらいかけて行われ、初対面でデリケートな話題にも関わらず(もちろんN部氏は始終平身低頭だったが)比較的なごやかで色々と興味深い話も聞かせてもらった。残念ながらその内容はN部氏に迷惑が掛かるといけないのでここでは割愛する。



帰りは、エレベータまでN部氏と師匠が見送ってくれた。俺が師匠の苦情を申し立てに来た事を知っているのに余裕の笑顔だ、多分師匠の事だからN部氏には尻尾を捕まれるようなヘマはしてないだろう。(これはN部氏の話からも裏付けがとれた)

『(師匠、)長い間ありがとうございました』と最後の挨拶して俺はエレベータに乗った。

師匠、俺は今日、師匠の元を卒業します。

エレベータを下りてビルの外に出る。どこまでも続く曇り空の下をどこまでも歩いて行きたかった。