なんちゃって課長日記

自殺した父、認知症の母、社会的入院中の妹を持つ介護離職者の生活とその周辺

母.認知症.通所デイから脱走.徘徊.脱水.転倒.顎骨折.手術入院

脱走事件当日、2020.08.25の記録。
実際にこのエントリーを書いているのは2020.09.07〜2020.09.19で、事件翌日以降に知った事も合わせて時系列で書いています。時刻は大体の時刻です。

  • 14:30、通所デイの施設内で母がおやつを食べているところをスタッフが確認している。そこで母の姿が確認されたのはこれが最後になる。
  • 15:00、母が通所デイより脱走する。
    • デイでは利用者さん達を車両に乗せて送迎している時で、母は第2陣の送迎予定で施設内に居たはずだった。
    • 母は通デイから南側に向けて徘徊を始める。
      • 南側に母の立ち回り先はない。
    • 荷物は何も持たず、唯一緊急連絡先の紙が入った御守袋*1を首から掛けていた。(これが1時間後に本当に役立つ事になる)
  • 15:10、通所デイのスタッフが母がいない事に気付く。
    • 利用者さん達の送迎で慌ただしかったようだが、手の空いているスタッフの皆さん総出で探し始める。
  • 15:45、前ケアマネ氏*2が自宅に来て、母が通所デイから居なくなった事を説明される。
    • これが私への第一報となる。
    • それまで私は「普段より少し遅いけれど道が混んでいるのかな」と考えながら、いつもと同じように母はスタッフに付き添われて帰ってくるものだと思っていた。
    • しかし、ドアチャイムが鳴ってドアを開けると、そこに居たのは自転車に乗ったままの前ケアマネ氏で、彼女は息を切らせながら「お母さん、帰ってませんか?」と聞いてきた。
      • 母の担当を離れてから3年間、一度もお会いした事がなかったので、その突然の来訪とその問い掛けに私は混乱した。
    • 状況を説明してもらい、母が脱走した事を知る。
    • 自宅でも私の目を盗んでは脱走&徘徊を仕掛けてくる母だが、まさか通所デイと云う施設から誰にも見つからずに脱走したとは俄かには信じられなかった。
  • 15:50、自宅を周辺を歩いて母を探し始める。
  • 15:52、通所デイのスタッフA氏より電話
    • 改めて母が居なくなった事の説明と、現在スタッフ総出で探しているとの連絡。
  • 16:00、直射日光と猛暑、そして母の体力を考えればもうそろそろ歩けなくなるので、路上よりも建物の隙間や植え込みでうずくまっている事を意識しながら、通所デイを目指しながら探し続ける。
    • 通所デイに向かったのは、ビーコンの電波をチェックして建物や敷地内に居ない事を確認しておきたかったため。
    • 歩きながら電話とSNSで市内在住の親戚に連絡。
  • 16:05、自転車で通り掛かった女性が、路上で倒れている母を発見。
    • 彼女は近くのマンションの管理人に知らせて、二人で母をそのマンションのベンチまで運んでくれた。
    • 母は倒れた時に顎の強打し、5cmの裂傷と下顎骨折を負う。また脱水状態でもあった。
    • 管理人さんが「救急車を呼びましょうか?」と言うと母は「呼ばなくていいです」と言って、再び歩き始めようとしたのでそれを引き留めてくれる。
    • そこは通所デイからJRの線路を挟んで1.6kmの地点。
      • そこまでのルートはいくつもあるが、どのルートなのかは今も判らない。
        • 自分からは階段やエスカレータを登ろうとはしないと思うので、八尾駅(高架駅)の中を通らずにその西側の踏切を渡った可能性が高い。
  • 16:10、マンション管理人さんが119番に通報し、救急車を要請。
    • 数分後、救急車到着、母が車内へ運び込まれる。
  • 16:10、A氏より電話。通所デイより警察に連絡する事への承諾を求められる。承諾する。
  • 16:25、現場に救急車が到着し救急隊員より電話。
    • 母が外出中に身に付けているお守袋の中に私の携帯番号があり、それを見て電話をくれたようである。
    • 転倒して顎を切って出血していたので止血した。
      • 骨折、脱水についてはこの時点では、分からなかった。
      • 意識があるのかどうかを聞き忘れた。(反省点)
    • 場所は八尾市永畑町。
    • 搬送先の希望を聞かれたので、八尾徳洲会総合病院を希望する。(6月に口腔外科で手術した)
      • 受け入れ可能かどうかを確認後、改めて電話してもらえるようにお願いする。
    • 電話しながら、病院に向かって歩き続ける。
      • この時点で私は、発見保護された事に安堵し、怪我に関しては『こけて顎を切って出血した程度』*3と、実際の怪我よりもにかなり楽観的に考えていた。
      • 現在地から病院まで徒歩で20分だが、ERでの面会が可能になるまでは更に30分は掛かると考えて、歩く速度を落とした。
  • 16:31、現ケアマネ氏より電話。
    • 救急隊からの電話を切った直後だったので、その通話内容を手短に伝え、それを通所デイ側に連絡してもらうようにお願いする。
  • 16:35、地域包括支援センターの主任より電話。
    • 支援の申し出だったが、見つかった事を伝える。
  • 16:37、救急隊員より電話。
    • 搬送先が希望通り八尾徳洲会総合病院に決まったとの連絡を受ける。
  • 16:40、ケアマネ氏、親戚に電話、SMS、SNS
    • 搬送先決定を連絡をする。
  • 16:47、私が病院に到着する。
    • 1Fの受け付けで確認すると母は搬送済みで処置中との事。
    • 私は2F,ERのロビーで待つ事になる。
    • 待っている間にA氏を始め通所デイのスタッフと理事長、そしてケアマネ氏が三々五々、ロビーに集まってくる。
      • 最初に来た通所デイのA氏と顔なじみの女性スタッフは、息を切らしていて顔色が悪く土色に見えた。息も絶え絶えに謝罪されるので私は「取り敢えず落ち着きましょうか、飲み物を持っていたら水分補給してください」と言って二人を落ち着かせる。
        • もちろん施設から母を脱走させた彼らの過失は大きいのだが、私自身も外出先で母を見失った事が何回かあり、これまで母の事を良くしてくれているのを知っているので、感情的な強い態度に出る事はなかった。
      • 次にケアマネ氏が来る。
      • 最後に通所デイの理事長と事務方のスタッフが来る。
        • 二人とも平身低頭で謝ってこられる。
      • 病院の看護師よりまだ検査中で母には会えないが、顎を骨折している事と脱水状態である事を説明される。
  • - - -その際にビニール袋に入れられた母の持ち物を渡される。
  • - - - -上の部分入れ歯(かなり血が付いている、口の中も切ったようである)
  • - - - -お守袋(ストラップ付き、部分的に血が付いていたので外側はその後破棄)
  • - - - -瞬間冷却パック『ひえっぺ』4個(未使用、母の持ち物ではない、誰かに貰ったのか拾ったのか?)
        • ケアマネ氏により「理事長は御高齢だから。。。」と促され、A氏、事務方スタッフ氏と共に先に帰ってもらう。
  • 18:10、私とケアマネ氏と通所デイの女性スタッフの3人がERに通され母と面会する。
    • 母はストレッチャーの寝かされた状態だった。
    • 顎の傷口はガーゼが当てられているが、出血のせいで真っ赤になっている。
    • 口には水色の不織布マスクが掛けられていた。
    • 上に着ていたTシャツは血だらけだった。
    • 元気はなく落ち込んでいる様子だが意識はあり、こちらの声掛けにも反応し声を出す事もできる。
    • 女性スタッフは母本人である事を確認して施設に戻られる。(警察から確認を依頼されていた)
  • 18:28、母は車椅子に乗せられ1Fの口腔外科に移動し、今回の入院で主治医となる医師の診察、処置を受ける。
    • 顎の裂傷を縫合。
    • 診察室の外で待つ間にケアマネ氏が帰り、私一人で待つ。
  • 19:36、処置が終わり、診察室に呼ばれて医師から説明を受ける。
    • 下顎の骨が左右にパックリ割れているので、両側をプレートで固定する手術をする。
    • 口腔外科の手術は金曜で、今週(3日後)はもう予定が埋まっているので、来週(10日後)になるとの事。
      • だったのだが、その後医師が手を尽くしてくれて他科の合間を縫って木曜日(2日後)には手術となり、結果として入院期間が4日間と大幅に短縮される事になる。
    • この時点で口のマスクが外される。ガーゼで覆われた顎以外は傷一つなかった。
      • 他には膝小僧を打ったらしく内出血と軽く擦り剥いた跡があった程度で、逆に転倒時の衝撃を全て下顎が割れる事で吸収した事を理解する。
        • ヘルメットが壊れる事で衝撃吸収されるように設計されているのと同じで、もし下顎が骨折せずに衝撃が脳まで到達する事を考えれば、この大怪我は不幸中の幸いだったのかも知れない。
  • 19:54、ERに戻り、車椅子に座った状態で病室の準備が出来るまで待機。
    • 『おしっこしたい』と言うので、男性看護師に手伝ってもらってトイレに連れて行き、おむつを外して便座に座らせる。
    • おむつには大便がついていた。
    • 看護師は同時に採尿しようとカップを母の股の間に入れようとするが、最初浅く座っていたので上手くいかず、排尿途中で私が母の腰を浮かせて座らせ直してカップを便器の中にまで入れる。しかし、取り出したカップには尿だけでなく大便も入っていた。
      • その看護師さんに申し訳なく思う。
  • 21:00、病室に移動
    • プレートには『観察室』と書かれた詰所そばの個室。
    • 病棟の看護師から諸々説明を受ける。
  • 22:22、病室を出て歩いて自宅まで帰る。
    • 途中、スーパーで半額になった惣菜を買う。
  • 22:56、帰宅。
    • 半額惣菜を食べて、入浴して就寝。

*1:徘徊高齢者登録制度に登録した際に配布された物

*2:2017年3月まで担当していただいたケアマネさんで通所デイと同じ系列の包括に所属

*3:以前、歩行訓練中に私の目の前で段差に足を取られてうつ伏せに転倒した事があり、その時は何も怪我はなかったので、今回も大した事は無いとその時は思った。