なんちゃって課長日記

自殺した父、認知症の母、社会的入院中の妹を持つ介護離職者の生活とその周辺

阪神淡路大震災、24周年

あの日私は、ベッドの下から叩き上げられるような衝撃を背中に感じて目が覚めました。
そして飛び起きてテレビのスイッチを入れ、チャンネルを順に変えていくと、真っ暗な画面に女性アナウンサーの泣き声が聞こえました。そして男性アナウンサーが地震があったこととスタジオの照明が消えてしまった事を伝えていました。
揺れは収まると次に私は Macintosh Classic II の電源を入れ、NIFTY-Serve にログインしました。CB(チャット)に入ると、普段は大勢いるのに多分何かのトラブルなのだろう私ともう一人しかいなかった。「どうなっちゃうんだろう」みたいな話を交わしていると、埼玉在住の会社の同期であるY下からNIFTYのメールが入り、地震の知らせを聞いて心配しくれていた。手短に状況を返信して、ログアウトする。
家の中を調べたが物が倒れたくらいで、大きな被害はなかった。
リビングのTVを付けると京都が震度6と表示されており、この時点で私は京都が震源だと思っていました。しばらくNHKを見ているとまだ薄暗い中で取材映像が入ってきた、最初に映し出されたのは当時のNHK大阪局の最寄駅、大阪市営地下鉄 谷町4丁目の入口だった。その映像を見る限りでは駅周辺には何も被害が無いように見えた。
それからしばらくしてから兵庫が震度7と表示された、あまりにも大きな地震だったので機器トラブルですぐには震度が出せなかったので無いだろうか。
テレビを見ながら会社に行く身支度をし、普段より少し早く家を出る。近鉄八尾駅に着くとアナウンスで「近鉄大阪線は動いているが、JR環状線や地下鉄が止まっているので戻ってくる人が大勢います」との事。
(毎年この日に少しづつ綴って来ましたが、はてなダイアリー自体が終わってしまうので私の震災体験談もこれで終わりです)