なんちゃって課長日記

自殺した父、認知症の母、社会的入院中の妹を持つ介護離職者の生活とその周辺

7周年

あの時、私は大阪市内にあるビルの5階の窓際の席で働いていました。
先ず、その窓に吊り下げられたタチカワブラインドがカサカサカサカサと小刻みに擦れ合う微かな音に気が付きました。その音が地震の揺れによるものだとすぐには判らないほど、それは今までに私が経験したことのないゆっくりと長い揺れでした。それまでそれぞれの仕事をしていた周囲の者同士で顔を見合わせました、『揺れてる?』『長いよね?』 。
二つ隣の席の人が(多分)Yahoo!地震情報のページを開いて、一言呟いた。『これ、笑い事じゃないです。』
その画面を覗き込むと地図の東北地方の東側に震度を表す『7』の文字があった。
程なくして本社(東京)と連絡が付いたらしく、停電の可能性があるので数時間後にサーバーをシャットダウンする。外注である私達にも全社でメールが使えなくなると通知される。
しかし、その後は通常通りの作業に戻り定時で帰宅する。電車の遅延もなくいつも通り帰宅する。
つづく、